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「品川猿」を読む

㈱らくらくカウンセリングオフィス 2011/04/08
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村上春樹の小説に「東京奇譚集」という短編集があり、その中の「品川猿」という作品が一種の「カウンセリング小説」であることを、ある雑誌の評論で知り、さっそく読んでみました。
村上さんはおそらく、知り合いのカウンセラーから元になる話を聞き、それを素材に「村上ワールド」の味付けをしてこの小説を書いたのでしょう。確かに絶妙な「村上ワールド」が広がり、謎とファンタジーがページをめくるごとに展開する、まるで「飛び出す絵本」のページを繰るような不思議な感覚に満ちた作品です。

カウンセリングや精神分析の勉強をしている人ならば、この小説が次のようなメタファーに変換された一種の「症例」の報告であることが分かるでしょう。
・クライエントの「症状」→「自分の名前が思い出せない」という現象
・症状のきっかけとなった事件→松中優子の自殺
・カウンセラー坂木→精神分析家
・猿→セラピストの使う「比喩」

村上さんの作品を、「大人の童話」として読もうとする評論家がよくいます。
確かに村上春樹は、河合隼雄との対談集もあるくらいで、「童話=ユング心理学」へのアプローチをかなり意識的に行っています。
しかし一方、村上ワールドを「ナラティブに構築された内的世界の表現」として見たとき、そこにはユング心理学をも超えたもう一つ新しいステージが現れてくるようにも思います。

村上春樹の作品には、「比喩」が頻繁に用いられています。「まるで~~のような」とか、「ちょうど~~が~~をしたような」といった表現が何度も現れ、しかもその例え方が絶妙なため、読者は内容に引き込まれていくわけです。というか、読者にも作者が構築しようとした「内的世界」とそっくり同じ「類似内的世界」が再構築されていくと言った方がよいでしょう。
その比喩の技法は、単に文章の中に現れるだけでなく、作品全体の構成や、登場人物の名前や個性にも、あるいはタイトルのつけ方や章立てにも現れます。作品中の何が何の比喩になっているかを味わうのもまた、村上ワールドの楽しみ方の一つです。逆に言うと、その比喩関係が分からないと、何を言わんとしているのかは全く伝わりません。「品川猿」という作品も、精神分析学を知らない人が読んだら、何が何か分からないでしょう。「え? なんで猿がしゃべるの?」という疑問を抱く前に、あるいは「よく分からないけど、とにかくしゃべるんだ」と判断留保をする前に、そこに仕掛けられている二重三重の比喩関係に着目してみてください。

大切なのは、主人公「みずき」の内的世界に注目することです。作品のディテールはすべて「みずき」の視点で描かれ、彼女が内的に体験した世界が繰り広げられていると理解することです。そうすれば、「猿がしゃべった」のではなく、「みずきが内的に体験した世界の中では猿はあの場面であのタイミングにおいてしゃべる、つまり、みずきの抑圧された心理を分析する」ということが自ずと理解されてきます。

村上春樹の小説は、多くの場合「僕」が主人公です。三人称で書かれている場合でも、常に一人の主人公の視点で描かれています。そうしているのは、何も「私小説」を書こうとしているからではなく、村上さんが書きたいのはとにもかくにも「内的世界」であるからです。そう考えていくと、「品川猿」という作品だけでなく、すべての作品が「カウンセリング小説」であることが分かってきます。男と女の問題を描いた恋愛小説も、奇妙な生き物の出てくるSF的な作品も、そこには常に主人公の「内的世界」が、たっぷりの比喩表現とともに描かれているのです。

このような状況は、考えてみればすぐれたセラピー(カウンセリング)にも言えることです。ゲシュタルト療法も、フォーカシングも、ナラティブセラピーも、セラピストが比喩を使ってトリートメントを行うのは、村上春樹が猿を使って作品を書くのと同じことです。まあ、どちらがクライエントにとって、あるいは読者にとって、分かりやすいかという違いはありますが。

そうそう、「東京奇譚集」にはもう一つ、面白い比喩を使った作品があります。「日々移動する腎臓のかたちをした石」という、これもまた主人公の内的世界を二重に描いた作品なのですが、その一文。
「職業というのは本来は愛の行為であるべきなんだ。便宜的な結婚みたいなものじゃなくて」

ではまた。
 

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