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河合俊雄を読む

㈱らくらくカウンセリングオフィス 2011/09/17
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当社役員の脇田です。

河合俊雄さんは、あの河合隼雄さんの息子さんです。隼雄先生がご存命中は、俊雄さんは先生の研究の紹介や解説などの補佐的な役割が多く、どちらかと言うと大先生の影に隠れがちな印象でした。私も以前に、何かの雑誌で俊雄さんの論文を読み、「河合隼雄ユング学」の焼き直しだなあと感じ、特に目新しさを感じることはありませんでした。

その河合俊雄さんが、村上春樹についての評論を書いているという話を文芸誌で読んだのはつい最近のことです。しかしその時にも、「まあ、ユング派が村上春樹を分析するのはしごく簡単だろう」くらいにしか思っていませんでした。しかしその評論が1冊にまとまり、つい先日単行本として発表されたのを読むと、今までのユング派の分析とは一味もふた味も違う全くオリジナルな論評になっており、今更ながら「河合組2代目」の実力に驚いた次第です。(ちなみに「河合組」には、あのサル学者の河合雅雄さんとか、錚々たるメンツが揃っています)

『村上春樹の「物語」』というタイトルのこの本は、主に「1Q84」を取り上げてその分析をしているわけですが、読み始めるとまず冒頭に、「村上春樹の小説にユング的な象徴をあてはめて分析することはもははや無意味だ」というようなことが書かれています。つまり、ユング派がよくやるような、「ここにアニマが現れている」とか「この登場人物はシャドーだ」とか「老賢者だ」といった方法が、全く通用しないと言っているのです。この最初の前提を読んだ時、私は「ああ、ここには全く新たなユング派の評論の可能性があるなあ」と思いました。

その期待通り、俊雄さんは、「村上文学を理解するには、ギーゲリッヒのいう“内在的理解”つまり夢見手が語る夢を分析する時と同じように、村上春樹が物語る小説という“夢”の中に入り込んで内在的に読む理解の仕方しかない」と言って、論評を進めていきます。ここで言及されている「ギーゲリッヒ」とは、今最も先鋭的なユング派の臨床心理学者で、いわゆる「元型的心理学」の推進派の一人です。ギーゲリッヒの名は、師匠のヒルマンの影に隠れてあまり知られていませんし、私もこの本で初めて知ったのですが、俊雄さんが高く評価していて、その著作を翻訳しているほどです。

この「内在的理解」こそが、村上文学に象徴をあてはめたりするのではない理解の仕方のことです。それは簡単に言えば、夢見手の話を聞きながら、自分自身もその夢を見ているような気持ちになって内側から理解することで、同じような手法で「1Q84」を読んでみるということです。特に、2人の主人公、つまり青豆と天悟の気持ちになって彼らの体験していることを追体験いくことで、この作品からいろいろなことが見えてくると言います。

このような手法で俊雄さんが「1Q84」から取り出している事柄を2つのキーワードにまとめると、ひとつは「ポストモダンの意識」であり、もう一つが「結婚の四位一体性」です。

まず、後者の「結婚の四位一体性」ですが、これはユングの晩年の仕事をご存知の方ならばオナジミの概念で、『転移の心理学』などの錬金術の研究から抽出された考え方です。簡単に言うとそれは、王様と王妃様と、この2人がそれぞれ持っている元型であるアニマ・アニムスとの四者が結合するという考え方で、錬金術の最終的なプロセスです。それはいわば、「王と王妃の一対で行う個性化のプロセス」であり、ユングのいわゆる「個性化」のプロセスを拡大した考え方です。そして、青豆と天悟との運命的な出会いを、この四位一体性で分析するということろが、まず俊雄さんの論評のユニークな点です。

これに対し、先に取り出した「ポストモダンの意識」は、俊雄さんのオリジナルと言うよりも、現代の評論家がよく使う「現代思想のキーワード」に倣った考え方です。「モダニズムの時代からポストモダンの時代へ」ということは、現代の文化人や思想家が、口を揃えて主張している考え方です。

ただし、俊雄さんが使っているこの言葉はひとひねりしてあり、「ポストモダンの意識」の「意識」という考え方が、心理学者ならではの観点です。ここにはユング=ノイマン的な「意識の歴史」の新しいステージを、村上文学に--というよりもそこに登場する登場人物に、あるいは、村上文学を共感的に読む私たち現代人に--見出そうとする意図が窺えます。この辺は、隼雄先生のように現代文明論を新しい視点で展開しようとする俊雄さんの意欲が見て取れるところでしょう。

詳しいことは、ぜひ本書を読んでみてください。ただし、隼雄先生の著作と違い、俊雄さんの論文はちょっと難しく読みにくいです。また、現代思想全般の知識も多少必要で、例えば、隼雄=俊雄の両名にとっても友人である中沢新一さんの本の知識なども必要でしょう。でも、大丈夫です。「1Q84」を読んで面白いと思った人ならば、きっと俊雄さんの本も読めるはずです。なぜなら、村上文学が常に抱えている「解離(デタッチメント)」の感覚は、現代のわれわれポストモダン世代に共通する感覚であり、この感覚をこそ、俊雄さんは「内在的」に理解し、われわれに示してくれているからです。

最後に一言。河合俊雄さんは、「発達障害への心理療法アプローチ」という著作の中でこのようにも言っています。「自我が問題なのではない。主体性の危うさが、問題なのだ」と。つまり、われわれ現代人の解離性を理解するには、フロイト的な自我心理学ではもはや不十分で、そこにはユング=ヒルマン的な新しい観点が必要だということです。村上文学は、まさにこの新しい人間理解へのアプローチを始めているのです。

 

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