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ジェノグラム

㈱らくらくカウンセリングオフィス 2011/10/14
らくらくカウンセリングオフィスでは、家族療法を取り入れたカウンセリングを行っています。

当社役員の脇田です。「名ばかり管理職」という名称が、私の場合ぴったりするかもしれません。

家族療法の分野では、クラインエントの「家系図」を作成し、それを検討しながらカウンセリングを行うという方法が、よく行われています。このような家系図を「ジェノグラム(genogram)」と呼びます。遺伝子という意味のgeneと、図表という意味のdiagramとを合成した造語です。作成の仕方にはいくつかのルールがあり、そのルールに従って家系図を作ることにより、図表が構造化・客観化され、誰でもがその図表を読み解いてクライエントの家族的資質に言及することが可能となります。「ジェノグラムの臨床」という本には、フロイトやユングのジェノグラムから、映画俳優のピーター&ジェーン・フォンダのジェノグラムまで、多彩な図表が掲載されており、これらを眺めるだけでも結構楽しめる内容になっています。ユングのジェノグラムに、神父や神秘思想家の親類が多いのも、ナルホドとうなづける次第です。

エミール・ゾラという作家がいます。19世紀フランスを代表する文豪で、「居酒屋」とか「ナナ」といった作品がつとに有名です。中学・高校の必読書としてこれらの作品は位置付けられていますが、実はゾラは、この2作を初めとして全20巻にも及ぶ長編シリーズを発表しており、この2作はその膨大な著作の森の中の一部にしか過ぎません。私も実は、ふとしたきっかけでこのシリーズのことを知り、最近読み始めたところですが、読んでみると、2代表作だけなく他の作品の方もいずれ劣らず傑作であることがよく分かります。この長編シリーズのことを、ゾラは、「ルーゴン=マッカール叢書」と呼んでいます。

ルーゴン=マッカール叢書は、アデライード・フークという一人の女性を出発点にして作られたジェノグラムを土台にした小説集です。アデライードの生んだ3人の子供たちと、その子孫たちを主人公にした小説を、ゾラは最初に構想し、約20年間にわたって20本の作品を作り続けました。しかもそれらの作品はすべて、1850~70年代のフランス革命のさなかの時代を舞台にしており、フランスの歴史の流れとともに、アデライードの子孫たちがどのように生きたかを延々と書き綴っているのです。

叢書のタイトルとなっている「ルーごン」は、アデライードの長男でルイ・ナポレオンの第2帝政時代に勢力を拡大したピエール・ルーゴンを始祖とする家系です。一方、「マッカール」は、アデライードの次男で、アルコール中毒で死ぬアントワーヌ・マッカールに始まる家系です。「居酒屋」のジェルヴェーズや、「ナナ」(本名アンナ・クーボー)は、この家系から生まれてきます。つまり、ルーゴン家は、成功した一族であり、マッカール家は、堕落した一族と言う位置づけです。

ゾラは、このルーゴン家とマッカール家の一族の一人一人に焦点を当て、その生涯を描いていきます。そうすることによって、当時のフランスの典型的な人物像を描こうとしたわけです。これらの人物像はもちろん、19世紀末のフランスだけでなく、現代の日本のあちらこちらにも存在しそうな人物で、だからこそルーゴン=マッカール叢書はいまだに読み継がれ語り継がれているのです。

私はこのルーゴン=マッカール叢書を読むとき、私が出会ったいろいろなクライエントのことを思い出します。「ああ、ピエールはあのクライエントに似ているなあ」とか、「パスカル・ルーゴンの科学者の冷たい視点はあのクラインとの目と同じだなあ」とかと思うわけです。中でも印象的なのが、叢書第1巻に出てくるジェルヴェーズ・ムーレですが、革命軍にあこがれたあげく若くして銃殺されるこのジェルヴェーズには私の古い友人のひとりの姿を重ね合わせてしまいます。このように、小説を読むということは、言語化されたクラインエントに出会うことを意味しているのです。

アデライード・フークは、この叢書の中では「神経症を病んでいる女性」として記述されています。ここでいう「神経症」は、フロイト時代に呼ばれていたヒステリーのことで、今で言うならば「解離性障害」に相当します。遺伝学に強く惹かれていたゾラは、このアデライードの精神疾患がその子孫にどのように影響していたかを描こうとしており、ゾラ自身が作った「ルーゴン=マッカール・ジェノグラム」にもその発現の様子が詳しく記載されています。フロイトがクライエントの家族歴に注目したのも、同じような遺伝学を理論的背景として持っていたからであり、このような考え方は、ゾラからフロイトを経て現代の家族療法にも受け継がれていると言えます。

「パリを描く」こと、これがルーゴン=マッカール叢書のもう一つの側面でした。当時のパリは、現代の「都市」の縮図です。そこには資本主義社会のあらゆる側面が凝縮されていました。現代の私たちは、このパリの様子を読むことにより、現代の「都市」を客観的に眺めることになります。たとえば、ルーゴン=マッカール叢書の第11巻である「ボヌール・デ・ダム百貨店」には、当時画期的な商業システムを築いた「百貨店」が舞台となっており、そこに現代の消費社会が典型的・象徴的に描かれています。なぜ我々はショーウィンドウに飾られた1足の靴に魅せられ「欲しいなあ」と思ってしまうのか、その謎が描かれていくわけです。

一方、農村社会を描くのも、ルーゴン=マッカール叢書の別の側面でもあります。都市と農村。その2面を描くことによって人間社会のすべてを、その魅力と醜さとともに描こうとしたのでしょう。

私にも実は、我が家のジェノグラムがあります。5世代前までさかのぼって書いた我が家のジェノグラムを、私は何よりも大切にしています。「死者の声に耳をすませ」と書いた大江健三郎にならい、自分のジェノグラムに我が家の先祖の声を聞き取り、そこに立ち現われる家系の魅力と醜さに今更ながら思いを致すばかりです。
 

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