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妻の家出

㈱らくらくカウンセリングオフィス 2011/11/10
貴方の仕事は、あなたの価値観にとってどのような位置を占めているでしょう。らくらくカウンセリングオフィスは、相談にいらっしゃった貴方と一緒に、その「位置」の高さと重さを、考えていきます。

村上春樹の小説には、「妻が理由も言わずに家出をする」というモチーフがよく登場します。「ダンス、ダンス、ダンス」でも「ねじまき鳥」でも、妻は「僕」には見当もつかない理由で家出をします。(もっとも、「ねじまき鳥」では、男関係が原因らしいという理由が初期に類推され、最後にはワタヤノボルが原因らしいとなっていき、何らかの理由がぼんやりとではあれ提示されるわけですが)。これらの作品はいずれも、1人称で書かれているため、「僕」には妻の心の内は全く見通せない構造になっています。

この「理由なき妻の家出」の原型となっている作品が初期にあり、それが「回転木馬のデッドヒート」のなかの「レーダーホーゼン」という短編です。

「回転木馬」は、村上春樹の短編集には珍しいことですが、奇想天外な話が登場しません。つまり、巨大なカエルが「アンナ・カレリーナ」を読んで東京大震災を防いだり、サルがカウンセリングをしたり、人が非常階段から突然消えて仙台の浜辺にワープしたり...といったとんでもない設定がなされていません。8篇の短編はいずれも、村上春樹が知り合いから聞かされた「あり得なさそうだけど実際にあった(とその知り合いが話している)物語」を綴ったものです。

「レーダーホーゼン」は、村上さんの知り合いの女性が話してくれたストーリーで、彼女の母親がなぜ父親と突然離婚をし、自分という娘を捨ててまで連絡を長い間絶ったかが語られます。つまり、その知り合いの母親が主人公で、離婚をして去った方の女性が離婚の真相を語るという体裁になっているのです。

レーダーホーゼンとは、ドイツの伝統的な半ズボンのことで、よくドイツのきこりのオジサンがはいてるダブダブのズボンです。初めて一人でドイツを旅行したこの女性が、ご主人へのお土産としてこのズボンを買いに行きます。行ったお店は有名な伝統衣装の店で、職人が一人一人のお客体形に合わせたズボンを手縫いで作るというのがそこの売りです。女性はご主人の体型を説明してなんとかズボンを作ってもらおうとするのですが、頑固な職人は、「本人がいない注文には応じられない」と固辞します。困った女性は、考えたあげく、町でご主人によく似た体形の男性を探し、その人に交渉をして(もちろんドイツ語は話せないので身振り手振りで説明をするのですが)、なんとか代役をお願いします。

こうして数日がたち、ズボンが出来上がります。女性は再びそのドイツ人を連れて店を訪れます。職人とそのドイツ人とはすっかり打ち解け、ズボンを体に合わせながら冗談を言ったりしています。その姿を見たとき、女性の心の中にある思いがふつふつと湧きあがってくるのを感じます。それは、「自分は夫を憎んでいる」という避けがたい思いでした。

この後、帰国したこの女性は何の理由も告げずに家を出、20年以上もたって再開するまで、ご主人はもちろん、娘にも連絡をすることがなかった---これが「レーダーホーゼン」という小説のストーリーです。

女性が、ご主人にそっくりの体型の男性が半ズボンをはきながら職人と軽口を交わす様子の中に見出したものは何だったか。これが、この作品のテーマです。皆さんはどう思いますか?

心理学的には、ひとつの説明の仕方が可能です。それは、「投影と、その引き戻し」という考え方です。フロイト派や対象関係論派ならばそう答えるでしょう。ご主人の中に投影されていた女性の「理想自我」が、ある出来事をきっかけに、単なる投影像に過ぎなかったということが知られ、「夢から覚めたのだ」という考え方です。おそらくこの女性を精神分析すれば、彼女がどのような理想自我を持っていたか、それがどのように形成され、何をきっかけにしてその理想像が崩れたのかを突き止めることができるでしょう。精神分析とはそのようなときには役立つ理論の体系を持っています。

この作品には、最後にこんなオチが続きます。村上春樹にこの話をした女性は、最初は自分を捨てた母親を強く憎んでいたと言います。しかし20年ぶりに再会して半ズボンの話を聞いた後は、憎む気持ちはなくなったそうです。そうなった理由は彼女自身にもよく分からないのですが、おそらくそれは自分たち二人が女性だからだろうと言います。それを聞いて、村上春樹がこう尋ねます。

「もし、さっきの話から半ズボンの部分を抜きにして、一人の女性が旅先で自立を獲得するというだけの話だったとしたら、君はお母さんが君を捨てたことを許せただろうか?」。そして女性が答えます。「駄目ね。この話のポイントは半ズボンにあるのよ」と。

対象関係論的に言うと、まさにこの半ズボンこそが、彼女にとって、現実の世界と「内的世界」とをつなぐ「対象」であったということでしょう。そのような対象と出会うとき、「女性の自立」とか「自由への飛翔」とかといった小難しい哲学は色あせ、「離婚」という行動だけが、私たち人間を駆り立てるのかもしれません。そしてそのような「対象」との関係は、結婚相手はもちろん自分自身にもよく分からない何か大きな魔力を秘めているのかもしれません。
 

 

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