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カフカ少年のKリンク

㈱らくらくカウンセリングオフィス 2012/04/08
カウンセリングとは、クライエントに「気付き」をもたらし、心の発達を促す関わりです。

当社役員の脇田です。

村上春樹さんは河合隼雄先生と何度も対談を行なっており、本にもなって出版されているのですが、そもそも二人が出会うきっかけとなったのは、村上さんがプリンストン大学で日本文学の講師を務めているときに、プリンストンの招きで河合先生が同大学へ行ったのがきっかけでした。当時の村上さんは日本の文壇からは冷ややかな目で見られていたそうですが、河合先生だけは村上文学に注目していたようです。それというのも、河合先生のクライエントに中に、村上文学の愛読者が多かったのが原因だったようで、クライエントの嗜好を知る目的で村上文学を読むようになったとそうです。この辺りの事情は、対談集にも描かれているので読んでみてください。

確かに村上文学には、精神疾患で悩んでいる登場人物が多く登場します。「ノルウェー」の直子やレイコさんは精神障害者用の施設に入所していますから明示的にそのことが示されていますし、「ねじまき鳥」のクミコや「スプートニク」のミュウも暗示的ではありますが何らかの精神障害であることが分かります。しかし何といっても、「海辺のカフカ」には、主人公の「ぼく」を初め、佐伯さんもナカタさんも、また殺されるカフカ少年の父親の田村浩一も精神障害を抱えているという点が、他の作品にはない大きな特徴となっています。

「カフカ」は謎の多い作品です。「ねじまき鳥」も「未解決の謎が多すぎる」という批判を浴びた作品ではありましたが、「カフカ」では、謎の構造が多少整理されてはいますが、それでもまだまだ「分かりにくさ」が残る作品です。そのため「謎解き本」も多数書かれていますが、その中の白眉は、やはり加藤典洋さんの「イエローページ」でしょう。この本は、単なる謎解き本ではなく、一級の文芸評論としても高い評価を得ていて、読めば読むほどよくできた著作です。村上作品をこれほど深く、しかも共感を持って読みこんだ評論は、他に類を見ません。「え?!」と思うような意表を突く謎ときも散見されますが、それでも「なるほど、そうとも考えられるなあ」と思わせてしまうところが、加藤批評のすごさです。

この「イエローページ」に匹敵する「カフカ謎解き本」が、もう1冊あります。クライン派の分析医である木部則雄さんが描いた「こどもの精神分析」という著作です。木部先生は、イギリスのクライン派の牙城であるタビストック診療所で子供の精神分析に長年携わってきた方ですが、この著作では、なんと、宮崎駿の「千と千尋の神隠し」と、「海辺のカフカ」の登場人物の精神分析を行なっています。著作全体は、タビストックでの子供のクラインエントの臨床例と、そのクライン派における分析が主ですので、この臨床例と合わせて「神隠し」と「カフカ」を読むことにより、少年少女の心理構造がおのずと見えてくるという構成になっています。

さて、文芸評論家が「イエローページ」で書いた「海辺のカフカ」の構造分析と、精神科医が「こどもの精神分析」で書いたカフカ少年の精神分析とを合わせて読むことにより、この作品の理解がより一層深まります。しかしこの両者では、各々の専門領域の違いから、作品理解に微妙な差異が生まれています。例えば、本書で中心的なテーマとなっている(と作品中に書かれている)エディプス王のギリシャ悲劇は、木部先生は当然のことながら、「カフカ少年のエディプスコンプレックスの克服」というテーマとして読もうとしますが、加藤さんは、このテーマに全く言及していません。逆に加藤さんは田村浩一の殺人事件の事実性(犯人はカフカ少年なのかそれともナカタさんなのか)とナラティブ性(物語というものがもつ本質的な構造性)にこだわりますが、木部先生は「田村浩一の死はうつ病による自殺である」と簡単に片づけてしまいます。

このような差異は他にもいろいろありますが、私たちのようなカウンセラーが最も注目するべき点は、次のような問題です--「では、なぜカフカ少年は重い精神疾患(解離性障害)から回復することができたのか」。これについての回答は、さすがに加藤さんよりも、精神科医である木部先生の方に軍配が上がるでしょう。

木部先生は、クライン派らしく、カフカ少年の「PS態勢からD態勢への変化」と、それをもたらした母・佐伯さんへの「償い」に着目します。逆に加藤さんは、吉本隆明の理論を持ち出してこの「回復劇」を説明しようとしますが、私たちにとっては、木部説の方が説得力があります。さまざまな出来事を通じてカフカ少年は多くを学び、父をエディプス的に殺すことに成功し、母の精神疾患の一因が自分にもあることを知って「償い」をする。この方が、カフカ少年のこころの成長をよくあらわしていると思えます。

しかし、木部説にも一つだけ見逃している点があると思えるのは、カフカ少年における大島さんの位置です。木部先生は、カフカ少年に気付きをもたらすカウンセラー役として「カラスと呼ばれる少年」を置いていますが、この点は、加藤説の言う通り、「カラスと呼ばれる少年は、解離性障害のカフカ少年のもう一つの人格」と見た方がよさそうです。そして、カウンセラー役には大島さんを置いた方がすっきりします。実際、カフカ少年は、大島さんから多くの「解釈」を得ています。この「解釈」が、カフカ少年に対して、ビオンの言う「Kリンク」をもたらし、気付きを促進したと見る方が私には理解しやすいのですがどうでしょうか。

ちなみに、大島さんが「両性具有者」である点も、見逃すことはできません。特に、村上文学と大江健三郎との近接に注目すると、「燃えあがる緑の木」の主人公サッチャンもまた両性具有者であることが大きな意味を持ってくると思われます。この「意味」が果たして、小説の構造上要請されているナラティブ構造上の「意味」なのか、それとも精神疾患という病気からの回復過程が本質的に必要とする精神分析的な「意味」なのか、どちらでしょう。おそらくユング派ならば、もちろんここに「王と王女の結婚」(つまり「錬金術の完成」)という分析心理学的意味を見出すのでしょうが...

そうそう。昨年末に刊行された加藤典洋さんの「村上春樹の短編を英語で読む」も、カウンセラーの必読書です。あと、今月文庫本が出た村上春樹さんの「1Q84」も、同様です。「海辺のカフカ」以降の展開が、この「1Q84」に結実されているはずです。もっとも、「1Q84]も、「カフカ」に負けず劣らず謎の多い作品のようですが...

 

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